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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)694号 判決 2000年10月04日

原告

大成火災海上保険株式会社

被告

松岡正泰こと李正泰

主文

一  原告は、被告に対し、別紙交通事故の別紙自動車保険契約に基づく保険金支払債務を負わないことを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同じ。

第二事案の概要

一  訴訟の対象

自動車保険契約

二  争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実

(一)  自動車保険契約の締結(乙三)

<1> 保険名 自家用自動車総合保険(SAP)

<2> 証券番号 三四六二一〇三七―二

<3> 契約日 平成一〇年一一月一一日

<4> 保険期間 平成一〇年一一月一一日から平成一一年一一月一一日まで

<5> 被保険自動車 なにわ三三る五二一二

(二)  約款の規定(甲一)

自家用自動車総合保険普通保険約款搭乗者傷害条項九条一項は、被保険自動車の運行に起因し、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害を被り、その直接の結果として、生活機能または業務能力の滅失または減少をきたし、かつ、医師の治療を要したときは、平常の生活または業務に従事することができる程度になおった日までの治療日数に対し、治療日数一日につき一万円の医療保険金を支払う旨定める。

(三)  交通事故の発生(甲六)

<1> 平成一一年四月八日(木曜日)午後五時ころ(晴れ)

<2> 大阪府豊中市名神口二丁目一番先路上

<3> 伊藤信一は、普通乗用自動車(和泉七七ひ六二〇九)を運転中

<4> 被告は、普通乗用自動車(なにわ三三る五二一二)を運転中

<5> 伊藤信一が、道路標識を見落とし、急に車線変更したため、直進していた被告車両に接触した。

(四)  被告の通院(甲八)

被告は、本件事故により、平成一一年四月一三日、医療法人春秋会西大阪病院で、一日のみ治療を受けた。

また、被告は、平成一一年四月一二日から八月一二日まで、四月は一五日、五月は二〇日、六月は二四日、七月は二一日、八月は八日の合計八八日、吉田接骨院で施術を受けた。

三  争点

搭乗者傷害医療保険金の支払要件があるか。

四  原告の主張

被告が受けた吉田接骨院での施術は、医師の治療とはいえない。

また、被告に、生活機能、業務能力の滅失または減少があったともいえない。

したがって、原告は、被告に対し、搭乗者傷害医療保険金を支払う義務を負わない。

五  被告の主張

被告は、頸椎及び三角筋上後部に著明な圧痛と可動域制限が生じたから、業務能力に減少をきたした。

また、約款上の医師の治療を要する旨の規定は、医師または医師に準じ、公的な資格がある者の治療を要する趣旨と解すべきである。つまり、医師の治療を要する旨の要件は、生活能力または業務能力の滅失または減少の判断を客観的に担保するところにあると考えられるから、医師に限らず、公的に治療をする資格が認められている者の診断によっても、その担保は十分可能であるからである。そして、本件事故についての加害者との示談においても、吉田接骨院での施術を前提として損害を算定している。

また、被告は、交通事故にあって生活や仕事に大きな支障が生じるような傷害を負ったときは当然に搭乗者傷害保険金が支払われると考えて本件自動車保険に加入したにもかかわらず、原告は、約款上支払要件として医師の治療を要する旨については、保険契約を締結するときも、被告が治療を受けている間も、何ら説明をしなかった。したがって、約款の規定が医師以外の治療を一切認めない趣旨であれば、被告に対しては無効である。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲二ないし五、七、八、一一ないし一三、乙二、五ないし一六)によれば、次の事実が認められる。

(一)  前記のとおり、本件事故が発生した。

(二)  被告は、前記のとおり、西大阪病院、吉田接骨院に通院した。

吉田接骨院の診察の結果は次のとおりである。頸部捻挫、左肩関節捻挫と診断された。四月は、頸椎左側に圧痛が著明で、後屈痛、左捻転痛が著明であり、また、三角筋上後部に圧痛が著明で、周旋痛が著明であり、安静保持を指示された。五月には、頸椎左側の圧痛が消失し、後屈、左捻転痛も消失治癒し、圧痛はほとんど消失しているが、外旋痛が残存し、挙上運動などを指示された。

(三)  西大阪病院の医師は、原告訴訟代理人からの照会に対し、次のとおり回答している。

初診日は平成一一年四月一三日で、症状としては左肩部痛が認められた。初診時の訴えは、受傷翌日の平成一一年四月九日から左肩部の痛みが現われたとのことであった。左肩部の運動時痛が認められたが、レントゲン撮影によると、明らかな損傷は認められなかった。外用剤投薬の処置をした。今後医師の治療を要するかどうか、継続して治療を受けるように指示をしたか、生活機能または業務能力が滅失または減少していたか、日常生活や就労に支障があったかなどは、すべてわからない。

(四)  被告と原告の担当者との交渉の経過は、およそ次のとおりである。

平成一一年四月三〇日ころ、被告の代理人である高が、原告に対し、本件事故が発生し、高が被告の代理人となった旨の連絡をした。

その後、八月一七日ころ(接骨院での施術を終えた後)、高が、原告に対し、事故状況、診断書、レセプト、事故証明書などを加害者の付保会社である東京海上から取り寄せてほしいと連絡し、原告の担当者は、東京海上に対し、その旨の連絡をした。

一〇月一五日ころ、原告は、東京海上から事故証明書などがファックスされてきたので、すぐに、高に対し、ファックスした。

一〇月二七日ころ、原告の担当者は、高に対し、書類を検討したところ、病院には一日しか通院していないため、医療保険金を支払うべき期間はいつまでなのかを尋ねたところ、高は、接骨院に通院していた期間を含めてすべてである旨の回答をした。

一一月二日、原告の担当者は、前日に原告訴訟代理人と相談したうえ、高に対し、あらためて医師の治療を要したことが必要であると、約款の説明をしたが、高は、納得しなかった。

平成一二年一月二五日、原告は、訴訟外での解決は困難と判断し、本件訴えを提起した。

(五)  被告は、本件事故後、左肩の痛みがひどく、しばらく自宅で静養していた。ところが、三日ほど経ってもよくならないので、かつて通院したことがある吉田接骨院で診てもらった。このころ、加害者の付保会社である東京海上の担当者から、一日は病院で診察を受けるように指示を受けたので、四月一三日、西大阪病院で診察を受けた。ところが、湿布と薬の処置を受けただけで、それ以外の治療をしてくれなかったので、不安になり、専ら吉田接骨院に通院することにした。

二  これらの事実によれば、次のとおり認めることができる。

自家用自動車総合保険普通保険約款の搭乗者傷害条項九条(医療保険金)が、生活機能または業務能力の滅失または減少をきたしたほかに、医師の治療を要した場合に限って、医療保険金を支払う旨を定めている理由は、必ずしも明確でないところがあるものの、交通事故における休業損害などの損害の認定にあたっては、治療や休業が必要かつ相当であるかどうかが争いになることが多いため、生活機能または業務能力の滅失または減少をきたしたかどうかの判断を客観的に担保するため、医師の治療を要した場合に限って医療保険金を支払う旨を定めたものと解することができる。

したがって、医師の治療を要する旨の支払要件を定める合理性が認められるとともに、このような解釈を前提とすれば、必ずしも医師から直接治療を受けていないとしても、医師及び病院側の事情により病院外の施設で治療を継続することがあるから、その場合には医師の治療を要した場合と同視することができ、医師の指示のもとに病院外の施設で治療を継続したときは、医師の治療を要した場合に準じ、医師の治療を要したとの要件を充たすと解する余地がある。

他方、被告が主張する公的に治療をする資格が認められている者の診断については、これも医師の治療を要したとの要件に該当すると解すると、あえて要件を定めた趣旨が没却されかねず、直ちにこれを採用しがたい。

三  これを本件についてみると、被告は西大阪病院で一日治療を受けただけであり、その後吉田接骨院で施術を受けているが、西大阪病院の医師の指示があったとは認められない。

したがって、搭乗者傷害条項九条の医師の治療を要した旨の要件を充たさないといわざるを得ない。

四  なお、被告は、原告が被告に対し医師の治療を要する旨の支払要件の説明をしなかったから、被告に対する関係ではこの支払要件は無効である旨の主張をする。しかし、原告は被告に対し自動車保険契約を締結したときに自家用自動車総合保険普通保険約款を交付したと認められるから、自動車保険契約の締結にあたり、また、被告が交通事故にあったことを知ったときに、あらためて具体的に支払要件の説明をしなければ、前記支払要件が無効となるとまでは解されない。

したがって、被告の主張は採用できない。

五  そして、被告は、吉田接骨院で約四か月の間施術を受けているものの、西大阪病院で一日診察を受け、湿布と投薬の処置を受けたにとどまり、同病院の医師が、今後の治療の必要性や日常生活及び仕事に対する支障について明らかでないと回答していることを考えると、搭乗者傷害条項九条一項が定める生活機能または業務能力の滅失または減少をきたし、医師の治療を要するとの要件が充たされたとは認めるに足りないといわざるを得ない。

したがって、原告は、被告に対し、自動車保険契約に基づく搭乗者傷害医療保険金を支払う債務を負っていないと認められる。

(裁判官 齋藤清文)

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